インクリメンタム社が発表した年次レポート「In Gold We Trust」は、2030年末までに金相場が8,900ドルに達する可能性を指摘しています。このレポートは、現在の金相場が単なる短期的な上昇ではなく、世界的な金融秩序の再編という大きな構造変化を背景としていると分析しています。## 金相場が変わった理由:周縁から中心舞台へ長らく時代遅れの資産と見なされていた金が、なぜ今、投資家の注目を集めているのでしょうか。その理由は、世界の政治経済秩序の劇的な変化にあります。ダウ理論に基づくと、相場には3つの成熟段階があります。最初の蓄積期、次に一般投資家が参加する段階、そして最後の熱狂期です。現在の金相場は、第2段階の真っ只中にあると考えられます。この段階では、メディアの報道がますます楽観的になり、投機的な取引が活発化し、新しい投資商品が次々と登場します。過去5年で、金相場は92%上昇しました。一方、米ドルの実質購買力は50%も低下しています。2020年に示された金相場の長期予測(「黄金の10年」)と比較すると、現在の上昇は当初の想定をはるかに上回るペースで進んでいます。2024年には金が43回も最高値を更新し、2025年も年初4ヶ月で22回新値を付けるなど、相場の力強さが顕著です。## 2030年末の金相場予測:複数シナリオの検討インクリメンタムが提示する2030年末の金相場予測は、世界的なインフレ動向に大きく左右されます。基本シナリオでは、2030年末の金相場は4,800ドル程度、2025年末の中期目標は2,942ドル(既に突破済み)と想定されています。これに対し、インフレが進行するシナリオでは、2030年末に8,900ドル、2025年末に4,080ドルに到達する可能性が示唆されています。現在のところ、金相場は基本シナリオの中期目標を上回る水準を維持しており、2030年末までの5年間のインフレ動向次第では、両シナリオの中間値に位置する可能性が高まっています。短期的には調整のリスクがありますが、レポートでは金相場が2,800ドル程度まで下落する可能性を警告しつつも、これは強気相場の安定化プロセスの一部に過ぎないと見ています。## 中央銀行と世界秩序の転換が金相場を支える金相場の強気基調を支える最大の要因は、中央銀行による大規模な金購入です。2009年以来、中央銀行は金市場で一貫して買い越し続けており、この傾向は2022年2月のロシア外貨準備凍結以降、急速に加速しています。特に注目されるのは、世界の中央銀行が3年連続で1,000トン以上の金を追加購入したことです。ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によると、2025年2月時点で世界の金準備高は3万6,252トンに達し、外貨準備全体に占める金の割合は22%に達しました。これは1997年以来の最高水準です。ただし、アジアと中東の成長が中央銀行の金購入を主導している点に留意する必要があります。2024年はポーランドが最大の購入国となりましたが、中国は今後も毎月約40トンのペースで金を購入すると想定されており、これは年間500トン近くに相当します。また、地政学的な変化も重要です。ゾルタン・ポザール氏の論文「ブレトンウッズIII」で示唆されたように、世界は現在、金に裏付けられた新たな通貨秩序へと移行しつつあります。金は中立的で、どの国にも属さず、カウンターパーティリスクがない資産です。2024年には1日平均2,290億ドルの取引量があり、国債よりも流動性が高いという調査結果もあります。## 新しい投資戦略:60/40ポートフォリオの再定義インクリメンタムは、従来の「株式60%、債券40%」という標準的な配分を見直した新型ポートフォリオを提案しています。新しい配分は、株式45%、債券15%、金(安全資産)15%、パフォーマンスゴールド(銀・鉱業株など)10%、商品10%、ビットコイン5%です。この配分の背景には、伝統的な安全資産(特に国債)への信頼喪失という現実があります。重要な点として、金とパフォーマンスゴールド(銀や鉱業株など)は区別されています。前者は防御的な安定資産であり、後者は攻撃的な成長ポテンシャルを持つ資産です。1970年代と2000年代の相場を見ると、銀と鉱業株は金よりも大幅なリターンを上げており、今後数年間での巻き返しの可能性が高いと考えられます。## ビットコインとの組み合わせ:デジタルゴールドの役割レポートは、ビットコインが金とは異なる役割を担うデジタル資産として注目しています。現在、世界中で採掘された金の市場価値は約23兆ドルであるのに対し、ビットコインの市場価値は約1.9兆ドルです。レポートは、ビットコインが2030年までに金の時価総額の50%に到達する可能性を指摘しており、この場合、1BTC当たりの価格は約90万ドルに達することになります。金とビットコインの組み合わせ戦略について、レポートは「金は安定性、ビットコインはコンベクシティ(変動性を活用したリターン)」という原則を提唱しています。競争相手の存在は必ずしも不利ではなく、むしろリスク調整後のリターンを高める可能性があるとしています。## 短期的なリスクと長期の展望2030年に向けた金相場の上昇基調は維持されると見られていますが、短期的には複数のリスク要因が存在します。まず、中央銀行の需要が現在の四半期平均250トンから予想外に減少するリスクです。次に、地政学的プレミアムの低下(ウクライナ戦争の終結、中東緊張の緩和、米中貿易戦争の早期決着など)も考えられます。さらに、米国経済が予想以上に堅調であれば、FRBが金利を引き締める可能性もあります。投機家のポジション削減も急速に進む可能性があり、技術的・感情的なリスクも無視できません。金相場は短期的に横ばいか、あるいは2,800ドル程度まで調整する可能性もあります。ただし、これは長期の上昇トレンドを否定するものではなく、相場の安定化プロセスと見なされています。## 結論:金相場は新しい時代への入口本レポートの分析を総括すれば、金相場はまだ強気相場の初期段階にあり、2030年に向けた上昇余地が十分に存在するということです。金は、ポートフォリオの防御資産から、世界的な金融秩序の再編における戦略的資産へと進化しつつあります。複数の要因が相互に補強し合っています。第一に、世界的な金融・通貨システムの必然的な再編。第二に、政府と中央銀行のインフレ指向的な政策。第三に、米ドル、米国株、米国債といった伝統的な米国資産からの資本流出。そして第四に、アジアと中東における金への親和性の高まりです。金相場が2030年に8,900ドルに到達するかどうかは、今後のインフレ動向と中央銀行の政策に大きく左右されます。しかし、少なくとも現在の金相場の強気基調は、単なる投機的な熱狂ではなく、世界的な政治経済の根本的な変化に支えられていることは確実です。既存の通貨システムへの信頼が低下する中で、金が再び、国家権力の対抗軸としての超国家的決済資産としての地位を回復する可能性は、十分に現実的なシナリオと言えるでしょう。
金相場が2030年に向けて8,900ドルに到達する見通し、インクリメンタム社の強気分析
インクリメンタム社が発表した年次レポート「In Gold We Trust」は、2030年末までに金相場が8,900ドルに達する可能性を指摘しています。このレポートは、現在の金相場が単なる短期的な上昇ではなく、世界的な金融秩序の再編という大きな構造変化を背景としていると分析しています。
金相場が変わった理由:周縁から中心舞台へ
長らく時代遅れの資産と見なされていた金が、なぜ今、投資家の注目を集めているのでしょうか。その理由は、世界の政治経済秩序の劇的な変化にあります。
ダウ理論に基づくと、相場には3つの成熟段階があります。最初の蓄積期、次に一般投資家が参加する段階、そして最後の熱狂期です。現在の金相場は、第2段階の真っ只中にあると考えられます。この段階では、メディアの報道がますます楽観的になり、投機的な取引が活発化し、新しい投資商品が次々と登場します。
過去5年で、金相場は92%上昇しました。一方、米ドルの実質購買力は50%も低下しています。2020年に示された金相場の長期予測(「黄金の10年」)と比較すると、現在の上昇は当初の想定をはるかに上回るペースで進んでいます。2024年には金が43回も最高値を更新し、2025年も年初4ヶ月で22回新値を付けるなど、相場の力強さが顕著です。
2030年末の金相場予測:複数シナリオの検討
インクリメンタムが提示する2030年末の金相場予測は、世界的なインフレ動向に大きく左右されます。
基本シナリオでは、2030年末の金相場は4,800ドル程度、2025年末の中期目標は2,942ドル(既に突破済み)と想定されています。これに対し、インフレが進行するシナリオでは、2030年末に8,900ドル、2025年末に4,080ドルに到達する可能性が示唆されています。
現在のところ、金相場は基本シナリオの中期目標を上回る水準を維持しており、2030年末までの5年間のインフレ動向次第では、両シナリオの中間値に位置する可能性が高まっています。短期的には調整のリスクがありますが、レポートでは金相場が2,800ドル程度まで下落する可能性を警告しつつも、これは強気相場の安定化プロセスの一部に過ぎないと見ています。
中央銀行と世界秩序の転換が金相場を支える
金相場の強気基調を支える最大の要因は、中央銀行による大規模な金購入です。2009年以来、中央銀行は金市場で一貫して買い越し続けており、この傾向は2022年2月のロシア外貨準備凍結以降、急速に加速しています。
特に注目されるのは、世界の中央銀行が3年連続で1,000トン以上の金を追加購入したことです。ワールド・ゴールド・カウンシル(WGC)によると、2025年2月時点で世界の金準備高は3万6,252トンに達し、外貨準備全体に占める金の割合は22%に達しました。これは1997年以来の最高水準です。
ただし、アジアと中東の成長が中央銀行の金購入を主導している点に留意する必要があります。2024年はポーランドが最大の購入国となりましたが、中国は今後も毎月約40トンのペースで金を購入すると想定されており、これは年間500トン近くに相当します。
また、地政学的な変化も重要です。ゾルタン・ポザール氏の論文「ブレトンウッズIII」で示唆されたように、世界は現在、金に裏付けられた新たな通貨秩序へと移行しつつあります。金は中立的で、どの国にも属さず、カウンターパーティリスクがない資産です。2024年には1日平均2,290億ドルの取引量があり、国債よりも流動性が高いという調査結果もあります。
新しい投資戦略:60/40ポートフォリオの再定義
インクリメンタムは、従来の「株式60%、債券40%」という標準的な配分を見直した新型ポートフォリオを提案しています。
新しい配分は、株式45%、債券15%、金(安全資産)15%、パフォーマンスゴールド(銀・鉱業株など)10%、商品10%、ビットコイン5%です。この配分の背景には、伝統的な安全資産(特に国債)への信頼喪失という現実があります。
重要な点として、金とパフォーマンスゴールド(銀や鉱業株など)は区別されています。前者は防御的な安定資産であり、後者は攻撃的な成長ポテンシャルを持つ資産です。1970年代と2000年代の相場を見ると、銀と鉱業株は金よりも大幅なリターンを上げており、今後数年間での巻き返しの可能性が高いと考えられます。
ビットコインとの組み合わせ:デジタルゴールドの役割
レポートは、ビットコインが金とは異なる役割を担うデジタル資産として注目しています。
現在、世界中で採掘された金の市場価値は約23兆ドルであるのに対し、ビットコインの市場価値は約1.9兆ドルです。レポートは、ビットコインが2030年までに金の時価総額の50%に到達する可能性を指摘しており、この場合、1BTC当たりの価格は約90万ドルに達することになります。
金とビットコインの組み合わせ戦略について、レポートは「金は安定性、ビットコインはコンベクシティ(変動性を活用したリターン)」という原則を提唱しています。競争相手の存在は必ずしも不利ではなく、むしろリスク調整後のリターンを高める可能性があるとしています。
短期的なリスクと長期の展望
2030年に向けた金相場の上昇基調は維持されると見られていますが、短期的には複数のリスク要因が存在します。
まず、中央銀行の需要が現在の四半期平均250トンから予想外に減少するリスクです。次に、地政学的プレミアムの低下(ウクライナ戦争の終結、中東緊張の緩和、米中貿易戦争の早期決着など)も考えられます。さらに、米国経済が予想以上に堅調であれば、FRBが金利を引き締める可能性もあります。
投機家のポジション削減も急速に進む可能性があり、技術的・感情的なリスクも無視できません。金相場は短期的に横ばいか、あるいは2,800ドル程度まで調整する可能性もあります。ただし、これは長期の上昇トレンドを否定するものではなく、相場の安定化プロセスと見なされています。
結論:金相場は新しい時代への入口
本レポートの分析を総括すれば、金相場はまだ強気相場の初期段階にあり、2030年に向けた上昇余地が十分に存在するということです。金は、ポートフォリオの防御資産から、世界的な金融秩序の再編における戦略的資産へと進化しつつあります。
複数の要因が相互に補強し合っています。第一に、世界的な金融・通貨システムの必然的な再編。第二に、政府と中央銀行のインフレ指向的な政策。第三に、米ドル、米国株、米国債といった伝統的な米国資産からの資本流出。そして第四に、アジアと中東における金への親和性の高まりです。
金相場が2030年に8,900ドルに到達するかどうかは、今後のインフレ動向と中央銀行の政策に大きく左右されます。しかし、少なくとも現在の金相場の強気基調は、単なる投機的な熱狂ではなく、世界的な政治経済の根本的な変化に支えられていることは確実です。既存の通貨システムへの信頼が低下する中で、金が再び、国家権力の対抗軸としての超国家的決済資産としての地位を回復する可能性は、十分に現実的なシナリオと言えるでしょう。